0435 Sein – being – être – 存在 IX

デカルトとスピノザの合理主義を継承したライプニッツも、博学で、例えばニュートンとは別個に微分積分学を体系的に確立しました。積分記号の ∫ はライプニッツの考案によるものです。ライプニッツの唱えたモナド(単子)論1 は一元論の観念論で、スピノザの複数性を前提とした個別化原則2 を踏まえた原子論3 です。

ものの最終的要素が原子4 であると言うことはライプニッツ自身も述べていることですが、一般に言う原子は単なる物質的要素としての延長のある実体に過ぎないのに比べて、ライプニッツの言う単子(モナド)5 は不滅の観念的実体であり、観念の最小単位として物質6 と結びついた意識で、カントの言うように「表象力に恵まれた単一主観」7 です。個物のもつ観念性は岩石など無機物の次元では混沌として不鮮明8 なものですが、有機体の身体9 を有する生物10 である動物や人間になって初めて、明瞭11さを増し、これらを構成する全てのモナドを統括する「中心となるモナド」12が、それぞれを個体または個人として代表するモナドとなります。モナドは意識の外界、即ち雑多な外的現象13 を知覚14 し、これに記憶15 が加わった感覚16 を持つ動物においては心17 であり、さらに人間において統覚18 する自己意識19 、理性のある心20、精神21、即ち思惟する実体が完成します。このようにして、ライプニッツのモナドは、それぞれが知覚において世界を表象22 し、不断に知覚から知覚へと変化または意欲23 するものであり、これが「単一実体【モナド】の内的行為」24 であり、その表象における数多くの他のモナドの物質的現象の集積として世界や宇宙が構成されることになります。モナドは「窓を持たない」25 と言われますが、世界は表象する個人にとってはその意識内で完結されたもので、動物や人間の次元におけるモナドは、それぞれの表象する世界において、自らの意識を超えて他の個体または個人の意識内に浸透できないことを言っています。これらモナドはそれぞれが他と関係しますが、それは既に神による予定調和26 によりもたらされた関係であり、どのモナドもそれぞれが独自に全ての他のモナド、即ち「全宇宙」27 を表象する「生きた、永続する、宇宙の鏡」28となります。ライプニッツにおいては、延長のある実体である物質、また物質から構成された各種の「もの」は、無機物であろうと、有機物であろうと、全て意識内の現象に過ぎず、真の存在の資格は付与されません。ライプニッツの場合、存在するものとしては、神と観念的なモナドがあるに過ぎません。キュルスゲンによれば、このモナドの存在とその意義はモナドにおける「存在の思惟」29にあります。思惟とは概念による把握であり、世界を論理学で説明する形而上学となります。

ヴォルフは、ラテン語やフランス語で書かれていたライプニッツの思想をドイツ語で説明し、これがまた各国語に翻訳され、論理学と形而上学の体系化と一般化、ドイツのみならず欧州における啓蒙主義の展開に大きな貢献を果たし、これらはまとめてライプニッツ=ヴォルフ説とも呼ばれ、一世を風靡しました。しかし、ヴォルフはハイネも言うような「これまで哲学者の頭から出て来た中で最も珍妙な学説の一つ」30 であるモナド論に深く立ち入ることはせず、モナドと言う言葉も独訳した自然の「単位」31 に置き換えています。ライプニッツによる意識に表れる「現象」と言う「もの」の位置付けも、カント32 に引き継がれますが、カントはモナド論には与することなく、意識を最小単位としてのモナドの意識と見るのではなく、人間の中心的モナド、言い換えれば、人間一般の意識としてのみ見ることで、モナド論から脱却し、以後ドイツの哲学界でモナド論が再び論じられることはなくなりました。

同じく個別から出発し、普遍的認識を説明しようとするのが、ロックの経験論または経験主義です。これは観念の起源は経験にあるとする考えで、人間の意識は初めは白紙33 の状態にありますが、経験をすることにより初めて諸観念が生み出され、展開されると言うもので、デカルトの唱えた生得観念34 を否定するものです。経験論は観念論とも唯物論35 ともなりえますが、デカルトの言うような思惟ではなく、延長を基礎に置くとごく一般的な唯物論となります。動物の意識を否定したデカルトは動物機械論36 も唱えていますが、この極端な形態はフランス唯物論者たち、中でもラ・メトリーの唱えた人間機械論37 でしょう。これは人間の観念も物理的に分析できると言う唯物論で、20世紀にサイバネティクスを定式化したノーバート・ウィーナー、現在の認知科学や脳科学の主流の唱えるところと一脈を通じるところがあります。唯物論には、これらとは別にヘーゲルの弁証法を批判的に継承したと言われるマルクスとエンゲルスの史的唯物論38 もあります。

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1         Monadologie – monadology – monadologie
2         Individuationsprinzip – principle of Individuation – principe d’individuation – prinzipium individuationis (lat.)
3         Atomismus – atomism – atomisme
4        „So sind denn die Monaden die wahren Atome der Natur und – mit einem Wort – die Elemente der
Dinge.“ Leibniz, Monadologie, §3.
5        Monade – monad – monade. モナドは「外延も形態も」ない観念的最小単位です。“weder Ausdehnung,
noch Gestalt“ (l.c.). 原語はギリシア語の μονάς (monás, 個体。単体) です。
6        „Materie“ l.c., §63.
7        „einfache Subjekte mit Vorstellungskräften begabt“ KrV, S. 289/B322/A266.
8        „nicht hinreichend distinkt“, „verworren“ , Leibniz, Vernunftprinzipien, §4.「麻痺した状態」が「最も単一な
モナドの状態」。Monadologie, §24, 「単なるモナド」l.c., §20.
9        „Körper“ l.c., §63.
10      „Lebewesen“ l.c.
11       „Deutlichkeit“, l.c., §60.
12       „zentrale[n] Monade“, Vernunftprinzipien, §3. カントもこれが本来のモナドであり、ライプニッツの
言う最小単位としてのモナドは、原子と言った方が適切であろうと述べています。Cf.: Kant, KrV, S.
424/B470/A442. ライプニッツは最小単位としてのモナドとこの中心的モナドを混同しているようで、
これがまたモナドの理解を難解にしています。
13       „äußere[n] Erscheinungen“, Vernunftprinzipien, §5.
14       Monadologie, §14.
15       l.c., §26.
16       Vernunftprinzipien, §4, Monadologie, §19.
17       Monadologie, §19.
18       l.c., §14.
19       Vernunftprinzipien, §4.
20      Monadologie, §29.
21       l.c.
22       l.c., §60
23      „Streben“, l.c., §15
24      „i n n e r e [n]  T ä t i g k e i t e n der einfachen Substanzen“ l.c., §17
25      „Die Monaden haben keine Fenster“, l.c., §7.
26      „prästabilierte[n] Harmonie“ l.c., §78.
27      „das ganze Universum“, l.c., §62.
28      „ein lebendiger, immerwährender Spiegel des Universums“ l.c., §56
29      „Die Monaden existieren als denkende, und als denkende halten sie sich gegen das Nichts. Sie sind, dauern und
perfektionieren sich, indem sie denken, und d.h., indem sie das Sein (besser /140/ oder schlechter) vorstellen: Als
Denken des Seins sind sie nicht nichts. Jede Monade dehnt ihr Sein innerlich aus, weil sie im Denken fortschreitet
und dadurch das Sein der Welt vorstellungshaft in sich hat. In der Kraft zum Denken und im Vollzug des Denkens
des Seins bewahrt sich jede Monade vor dem Nichts. Das Denken des Seins ist ihr Sein und ihr Sinn.“ (Cürsgen,
Leibniz und die Frage nach dem Sein, S 139f.) 「モナドは思惟するモナドとして実存し、思惟するモナドと
して無に対抗する。モナドは存在し、存続し、自己を完全なものとするが、これは思惟することによっ
てであり、即ち、存在を(良くも悪しくも)表象することによってである――存在の思惟としてモナド
は無ではない。どのモナドもその存在を内的に延長するが、これはモナドは思惟において前進し、こう
うて世界の存在を自己内に表象するからである。思惟する力において、また存在の思惟の完遂において、
どのモナドも無から逃れる。存在の思惟がモナドの存在であり、その意義である。」キュルスゲン『ライプニッツと存在への問い』。
30       „Monadenlehre, eine der merkwürdigsten Hypothesen, die je aus dem Haupte eines Philosophen hervorge-
gangen“ (Heine, Zur Geschichte der Religion und Philosophie in Deutschland, II. Buch).
31       ヴォルフは主著の通称『ドイツ形而上学』でモナドと言う言葉をドイツ語の「単位 Einheit (der Natur)」
(Deutsche Metaphysik, §599)に置き換え、自身は「単なるもの(einfaches Ding)」(l.c., §75)、
もの(Ding)や物質(Materie)、世界(Welt)の「要素(Element)」(l.c., §582)と呼んで、区別し
ています。
32       ただしカントは、ライプニッツは現象を物自体と区別していないと批判しています。“Leibniz nahm die
Erscheinungen als Ding an sich selbst“. Cf. Kant, KrV, S.288/B320/A264.
33       tabula rasa (lat.) タブラ・ラーサ。文字の書かれていない書板。この意味では、すでにプラトンや
アリストテレスに見られる。
34       angeborene Idee – innate idea – idée innée  20世紀半ばに言語機能は生得的だとする生成変形文法
(generative transformation grammar)理論を提出したチョムスキーなども、デカルトの生得観念説を
高く評価しています。チョムスキーが生得的とする言語の深層構造は、畢竟、思惟の構造であるに過ぎ
ず、これは思惟が先か、言語の存在が先かと言う論争において、言語が先であり、言語のない思惟は
ありえないと言う説になります。
35       Materialismus – materialism – matérialisme
36       Mechanizismus – mechanism – mécanisme
37       L’homme-machi
38       historischer Materialismus – historical materialism – matérialisme historique

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